日蓮宗立教の聖地・清澄寺参拝の記

5月末、千葉県鴨川市にある日蓮宗大本山清澄寺に行きました。『光の神業秘録』59号に、日蓮上人の誕生寺や三奇瑞の話を書いていますが、日蓮上人が修行した清澄寺にはまだ行ったことがありませんでした(山奥なのです)。加護仏閣リサーチでも、加護仏閣として出ることがありますので、今回は大本山清澄寺に行ってみようということになりました。

鴨川市の海側から車で山道を登ること約20分、途中急カーブや狭い道があり、不安を覚えながら進んでいくと、山上にお寺が見えてきました。房総の山々は標高はそれほど高くないのですが、霊山は急峻で奥深い場所にあります。車から降りると、空気がシンとして、「清澄」という名前にふさわしい雰囲気があります。

門前の駐車場から歩いていくと、宿坊や研修施設などもあり、東京の御嶽山に雰囲気が似ています。オフシーズンなので参拝客は少なく静かでしたが、行事やお祭りの時はたいへんな賑わいとなるのでしょう。

清澄寺本堂

清澄寺本堂

「千光山清澄寺はおよそ1200年の昔、”不思議法師”と名付けられた僧侶が千光を発する柏の木で虚空蔵菩薩の仏像を彫り、その仏像の前で21日間修行をしたことに始まります。承和3年(836)、比叡山延暦寺の中興の祖・慈覚大師円仁がこの地を訪れ、その仏像の前で21日間の修行をしました。それ以来、当山は天台宗のお寺となり次第に栄えていきました」

日蓮は12歳の時、小湊から山岳密教の霊場である清澄寺に登山し、虚空蔵菩薩に「日本第一の智者となし給へ」との願いを立てます。虚空蔵菩薩は日蓮の眼前に高僧となって出現し、明星の如き智慧の宝珠を授けてくれたという話です。

日蓮は清澄寺で出家得度し、勉学修行に励みます。その後、諸国に出て各宗の奥義を学び、32歳で帰山し、旭が森(境内)で立教開宗の第一声をあげたということです。

実は、清澄寺が日蓮宗大本山となったのは昭和24年で、それ以前は真言宗のお寺だったのです。さらに、真言宗の前は、前述したようにもともと天台宗のお寺として始まったのです。(~_~;) それは次のようないきさつからです。

「室町~江戸期には度重なる火災と戦により衰退と復興を繰り返します。大正期に入り日蓮聖人の銅像が完成したことでお参りの信者さんが増え、真言宗智山派と日蓮宗との間で改宗の話し合いがもたれました。そして昭和24年、当山は日蓮宗に改宗し、宗門直轄の大本山として現在に至ります」

天然記念物の千年杉

天然記念物の千年杉

さて、境内に入るとまず目に入るのが、「千年杉」です。樹齢800年といわれる大杉は異様な迫力があります。左手に大きな本堂があり、中央には曼荼羅ご本尊と能満虚空蔵菩薩が祀られているということです。本堂左手の妙見山の山頂に「妙見堂」があります。ここが奥の院であり、根本鎮守である北辰妙見大菩薩をお祀りしています。

仁王門に入る手前の右手には「蔵王権現堂」や「天富神社」があります。天富神社のご祭神は「アメノトミノ命(房総の開拓神)、事勝國勝長狭命、大山祇命、ウガノミタマノ命」です。ここが地主社になるのでしょう。古伝では、天富命が房総に来た時、この山に登ったということです。もとは妙見山頂にあったのですが、神仏分離の時こちらに移されたそうです。事勝國勝長狭命とは、山田によればミロク天照国照彦櫛玉饒速日大神さまだということです。(上総国一の宮・玉前神社にも、隠れ神として天照国照彦櫛玉饒速日大神さまがいらっしゃいます)

天富神社への登りがきつそうだったので参拝しませんでしたが、天富神社の境内は「関東の富士見百景」に指定されているとのことですので、お天気のよい日は行ってみるといいでしょう。

清澄寺に参拝した感想としては、日蓮宗の人は必ず、そうでない人も一度は行ってみるとよい、オススメの霊山だと思います。ただ、…道のりはラクではありません。帰りは反対側、木更津方向に下りていったのですが、くねくねとした山道が続き、途中、川べりの崖沿いの、車1台しか通れないような狭い道や、黒澤明の「夢」を彷彿させる暗いトンネルを通ったり、なかなかスリルがありました。(^^;  清澄山が人里離れた奥深い山岳霊場だということが実感できます。車の運転に慣れていないとたいへんです。

帰りに木更津の道の駅「うまくたの里」に寄りました。新しくて、地場産品も豊富だし、カフェや食事処もありオススメです! おみやげに買ったシフォンンケーキがとっても美味しかったです。(*^▽^*)

 

さて、今、新しい講演CDを編集作業中です。昨年収録した「超次元世界・原則界の神秘力と伊勢神宮・元伊勢神業」というタイトルで、内容充実の自信作ですので、楽しみにお待ちください。