誕生日祝いをありがとうございました

立春を過ぎ、春の気配も感じられるようになりましたが、まだまだ寒い日が続きますね。皆さま、体調はいかがでしょうか。幸い、スタッフ全員、風邪もひかずにがんばっていますが、まだまだ油断はできませんね。

さて、最近の講座の傾向として、キャンセルがとても少ないのです。以前は当日お越しにならない方もいたり、数名のキャンセルはあったのですが、最近ほぼ100%の出席率で、「椅子が足りないのでは」とヒヤヒヤすることもあります。(^^; 皆さんの熱意は本当にありがたいことです。また、受講マナーについてのお願いが浸透して、若干過熱気味だった受講前の行列も緩和されてきたようです。講座開始15分前までにお越しいただければ結構ですので、お忙しい方はゆっくりお越しください。

時々あるのが、池袋と成増の会場を間違えてしまうというケースです。思い込みや、よく確認しないまま出かけて、大慌てすることになりますので、くれぐれもご注意ください。事前にライフの案内ページまたは新着情報でチェックして、必要な持ち物もそろえてお越しください。その講座に必要なものを持参していないと、福徳をいただけなかったり、シートでの浄めができないなど、とてももったいないです。

たまに、失念してしまって欠席される方もいますが、「約束事」ですので、最近はこちらから後日、連絡させていただくようにしています。キャンセル料はいただいていませんので、直前でもご連絡いただければ、キャンセル待ちの人にご案内できることもありますので、必ずご連絡いただきますようお願いいたします。

いただいたたくさんのお花と、演歌調でハッピーバースデーを歌ってくれるネコカード(笑)

いただいたお花と、演歌調でハッピーバースデーを歌ってくれるネコカード(笑)

今年も山田の誕生日に多くの方からお祝いのメッセージ、お花、プレゼントのお品をいただきました。皆さまのあたたかいお心遣いに感謝いたします。

「私(山田雅晴)の誕生日にすてきなプレゼントをいただき、誠にありがとうございました。おかげ様で、62歳になりました。

さて、最近の私の関心事は、『意識と無意識の調和』です。いままで神仏のご開運、前世・先祖のカルマ昇華、宿命・運命の改良をしてきましたが、人間の心そのものの浄化と改良はしていませんでした。人生の問題に、最も直接的で、核心的な影響を与えるのが本人の心(意識・無意識)です。特に無意識の中のシャドー、一族的無意識、集合的無意識の浄化と「元型の改良」を本格的に行う態勢がようやく整いました。次のライフで紹介しますので、楽しみにお待ちください」


『運命学宝典』(万年暦)の利用法について

最近、カウンセラークラス修了者の数名の方から、改元に伴い、平成が終わった後の『運命学宝典』の万年暦の観方についてご質問がありましたので、改めてお答えいたします。

〇平成30年(2018年)で平成が終わり、226ページが天保10年(1839年)になっている本は、226ページが2019年で新元号になります。次の227ページは、天保11年が2020年になります。250ページの文久3年が2043年になります。

〇平成55年(2043年)まで載っている本の場合は、平成31年から新元号に変えてください。

〇250ページの2043年の次は、71ページの元治元年(1864年)が2044年になります。次の慶応元年(1865年)が2045年になり、そのまま万年暦として使えます。

〇62ページの月盤11月(亥)において、南南東の「巳」の方位が、月破になります。書き加えておいてください。

以上、あらたに買い替えなくても引き続きお使いいただけます。新しい元号の宝典がほしいという方は、各自で出版社にお問い合わせください。※当社では今後の販売予定はありません。

 


2018年もありがとうございました

神田神社拝殿の鳳凰の刺繍の幕

神田神社拝殿の鳳凰の刺繍の幕

12月29日、銀座で所用があったので、その前に御茶ノ水で降りて神田神社に参拝しました。正月前で参拝客は少ないだろうと思ったのですが、なんと、拝殿前に参拝の行列ができていました!(^^;  神田神社おそるべし…。以前、この時期にはそれほど人はいなかったはずですが、すごく人気が上がっています。外国人も増えています。三が日の混雑はものすごいのでしょうね。この期間に参拝する人はつわものです。

見たことのない鳳凰の刺繍がほどこされた美しい幕が、拝殿入り口にかかっていました。お正月の時だけかかるのでしょうか。

さて、28日は年末最後の仕事である大祓形代のおたきあげを行いました。会員の方からお預かりした大量の形代は、12月の3回の講座の中でたくさんの福徳をいただき、祓い清めています。皆さんの願いが天に届き、実現するよう、後押しをいただきます。おたきあげの帰路、協力者のO夫妻と、埼玉県嵐山町の「鬼鎮(きぢん)神社」と、東松山市の箭弓稲荷神社に立ち寄りました。以下、山田の話です。

「鬼鎮神社は全国でも4社しかない鬼神を祭る神社で、関東唯一の神社だということです。ご祭神は衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)さまをはじめ黄泉国に関係する禊祓いに関係する神々です。黄泉国と鬼は関係が深く、鬼神のようになっているのですが、神さまのお話では「幽冥の神族」であり、ダイダラボッチに関係する巨神族でもあります。

箭弓稲荷神社は712年創建の由緒ある神社で、ご祭神はウケモチノ神(ウガノミタマノ神、トヨウケヒメノ神)です。ご本殿のすぐ背後に元宮が鎮座しており、ミケツノ大神さまが隠れていました。食物の神であり、宮中ご八神でもあります。くわしくは次の『秘録』63号でご紹介します」

 

2018年もいよいよ終わりますが、今年も会場設営や片づけを進んでお手伝いいただいた方々、受講マナーの向上にご協力いただいた方々に、心より御礼申し上げます。皆さまのご理解、ご協力があって、スムーズに運営することができました。

戌年さようなら

戌年さようなら

来年は元号もあらたまり、新たな時代のスタートとなりますが、皆さまにとって幸多い年となりますよう、お祈りいたします。皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。

 


山田雅晴の新刊のご案内

新刊!『超開運!神さまがあなたの成功を後押ししてくれる神社参拝法』920円+税 山田雅晴著、文芸社文庫

☆最新の山田流神社仏閣開運法をコンパクトにまとめた1冊であり、プレゼントにもオススメです!

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本書はプロの古神道家であり、開運・金運アップの実践指導者の立場から、自分の体験を踏まえて、「神さまへの認識が深まれば、神社の風景が変わり、神さまの加護が増す」という視点で書いています。これは仏閣も同様です。20年近くの神仏との直接交流によって、「開運の立場」から観た神社仏閣に参拝する際のポイントや祈り方、21日・21回参拝法などをご紹介していきます。

「神社の構成要素である「拝殿、本殿、摂社、末社、別宮、奥宮、神体山、地主神、元宮、祓戸社、富士塚」について説明しています。これらの場所(パワースポット)に、重要な神々が隠れています。これらを認識・参拝することで、加護が増すのです。「産土神社、鎮守神社、諸国一の宮、二の宮、三の宮、総社、総鎮守、総本宮、一国一社の八幡宮、国魂を祭る神社、神社仏閣の両参り」などについて解説しています。

また、仏閣に参拝する際の優先順位、「菩提寺、総本山、大本山、別格本山、別院」「仏閣の地主神、奥之院、諸国国分寺・国分尼寺、神宮寺」を述べています。

第1章 神社開運法で、大いなる福徳・金運をいただく

第2章 自宅でできる「21日・21回」秘伝開運法

第3章 金運・財運アップ術と「金運の法則」

第4章 開運シンクロニシティと天地の法則で、幸運を引き寄せる

第5章 古神道の最奥義・自神拝と「産土の守護曼荼羅」強化法

付章 開運神社・霊山・聖地、前世・人間関係、「神棚・仏壇・お墓」の祭祀Q&A

巻末付録  神社仏閣での祈り方と「日常生活での厳選祈り詞・神言・真言」

 

 

 


増上寺と阿弥陀如来さま

せっかくのお盆休み、猛暑とはいえ1日くらいはお出かけしたい! ということで、14日のお盆の中日、東京都港区芝公園にある増上寺と芝大神宮に行ってきました。けっこう有名な寺社ですが、まだ行ったことがなかったのです。

まず、都営浅草線大門駅で降りて、芝大神宮に行きました。ご祭神は「天照大御神」「豊受比売神」で、「関東のお伊勢さま」として約1000年の歴史のある古社です。源頼朝や徳川幕府の庇護を受け、大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集めたとあります。産土神社リサーチでも、ここが産土神社や鎮守神社になるケースはあるそうです。

都会の真ん中にあり、周囲は高層ビル群に囲まれ、境内も広いとはいえませんが、参拝者はそれなりに多く、結婚式などの人気が高いようです。東京大神宮(千代田区富士見町)と雰囲気が似ていると感じたのは、同じ伊勢の神さまを祭るからなのでしょう。洗練された都会的な神社という印象です。

浄土宗大本山増上寺

浄土宗大本山増上寺

次に、今日のメインである増上寺に行きました。芝大神宮から徒歩5、6分です。加護仏閣としてもご縁のある方が多いと思います。大きな通りにかかる大門をくぐり、さらに歩いていくと増上寺の大本堂が見えてきます。境内に入ると、広大な境内の正面にドーンと大本堂が鎮座し、さらにその右背後に東京タワーが聳え立つ光景は迫力があります。これがいわゆる「インスタばえする」というのでしょう。写真を撮っている人が多いです。

さて、増上寺は浄土宗の七大本山のひとつで、1393年、酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人によって開山されたとされます。徳川家の菩提寺として、徳川家康の庇護厚く、大隆盛をきわめたとされます。ご本尊は阿弥陀如来さまで、「木造阿弥陀如来坐像」は金箔がほどこされ、穏やかながらも威厳があるお姿をされています。ちなみに浄土真宗では,放射光背の阿弥陀如来(立像)のみをご本尊とし,浄土宗では、舟形光背などの光背を持つ阿弥陀如来(坐像・立像)をご本尊としていることが多いということです。

お賽銭箱の前方に、いすが何列か並べてあるので、いすに座ってお参りしました。阿弥陀如来さまにゆっくりと祈願します。前に座っていた山田が、時々うなずきながらお祈りしていました。仏さまと何かやりとりしているようです。後で聞いたら、阿弥陀如来さまから「今までたくさんの阿弥陀如来を開運してくれてありがとう。これからは山田家を加護してあげましょう」とメッセージをいただいたそうです。(*^▽^*)

阿弥陀如来さまの左側に、浄土宗の開祖・法然上人像があります。山田が「来年、日本仏教の祖師たちを、講座の会場にお招きしますので、ぜひ法然上人さまもいらっしゃってください」とお伝えしたたところ、「わかりました」とお返事があったそうです。

次に、安国殿の通称「黒本尊」とよばれる阿弥陀如来さまにお参りしました。恵心僧都(えしんそうず)源信の作とも伝えられるこの阿弥陀如来像を家康公は深く尊崇し、陣中にも奉持して戦の勝利を祈願したとされます。

勝運、災難除けの霊験あらたかな仏として人気が高いようです。この黒本尊と対になるのが、静岡市の宝台院の「白本尊」と呼ばれる阿弥陀如来立像です。やはり徳川家康ゆかりの仏さまであり、山田の加護仏閣リサーチでは宝台院も加護仏閣になることがあるそうです。「家康公は信仰心が厚かったので、幕府を開く際、神仏の加護を受けるような体制をつくり、徳川時代は260年もの長きにわたる『太平の世』になったのだ」と言っていました。

敷地内に徳川将軍家墓所もあり、6人の将軍と、お江の方や皇女和宮なども眠っています。通常は非公開のようですが、ちょうど特別公開中で見学することができました。歴史上の人物たちの重厚なお墓群に圧倒されました。

この後、東京タワーに登る予定だったのですが、猛暑で断念しました(笑)。がんばるほうはすぐに断念できます(^^;

最後にお楽しみの食事です。大門の通りを駅方向に歩いていたら、右手の並びに「築地寿司〇〇」という看板が見えました。よし、あそこに行こうということで、入ってみるとなかなか雰囲気のいいお店でした。握り寿司ランチで、みそ汁と茶碗蒸しもついて、780円は超お得です! 美味しさにも大満足で帰りました。増上寺に行った時はさがしてみてください。

短いお盆休みも今日で終わりです。猛暑、ゲリラ雷雨、台風と、恵まれないお天気でしたが、正月と違って年賀状は書かなくていいし、お節の用意もしなくていいので、ゆっくり過ごすことができました(*^^*)。また、明日から通常モードでがんばります!


西日本の皆さまへお見舞い申し上げます

数十年に一度の豪雨で予想を超える甚大な被害となり、ニュースの映像を見て胸を痛めています。お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。また、被害地域にお住まいの方々にお見舞い申し上げます。

復旧に向けて動きだしていると思いますが、一日も早く落ち着いた暮らしが戻りますよう、心より願っています。義援金など、私たちにできる支援をさせていただきたいと思います。

さて、昨日は「人間に内在する星の力の覚醒」講座の第1回目が、盛況のうちに開催できました。北海道や東北、そして被災地の岡山からも、たいへんな中ご参加いただきました。講座の冒頭で、今回亡くなられた方々に全員で黙とうをさせていただきました。

岡山からの参加者の方がお話しくださいました。前日まで新幹線が止まっている中、行けるかどうかわからないぎりぎりの状況で、命が大事だから無理はしないけれど、なんとか行こうと努力されたこと、そして何より守護のご存在たちの大きな後押し(行ってほしい!という強い圧力?)で、無事に参加できたということをお話しいただきました。

もちろん、講座に参加するよりも家族や生命の安全が大事ですから、たいへんなときは決して無理なさらないで、お休みいただいて結構です。

8日の講座では、星の存在や仏尊さま方より、ぜいたくなほどの神秘力、福徳、功徳をいただき、死の魄(厄気)の浄めで厄を祓い、皆さんに喜んでいただけたと思います。山田の話ですと、近年、甚大な災害が増えてきたので、「災害死などの不幸・不運を減らす開運法」として、厄祓い・延命開運法を編み出したということです。

実は7月8日の講座が一番人気で、多くのキャンセル待ちがいたので、10月に追加開催することにしました。今回、受講できなかった方を優先しますので、次回ライフ告知後にお申込みください。

『ライフクリエーション』は現在、準備中ですので、7月下旬までお待ちください。「新着情報」に予定を載せますので、時々チェックしてください。


大阪地震のお見舞い申し上げます

今朝、突然の大きな地震の報に驚きました。大阪はじめ関西在住の会員の皆さま、ご無事だったでしょうか? ご家族や、おうちの被害などはなかったのか、案じられます。ちょうど通勤通学中の時間帯ですから、電車が止まったり、たいへんな思いをされた方もいらっしゃるのではないかと存じます。その後の断水や停電の影響が大きいようで、心配です。一日も早く復旧し、平穏な日常に戻りますよう、お祈りいたします。

最近、千葉県ではスロースリップ地震が続き、17日の講座中にも群馬の地震で会場が揺れました。その翌日は大阪の震度6弱ですから、しばらく要注意ですね。新幹線も最近、事故、受難が続いています。17日夜は東北新幹線が止まって、講座に参加された東北の会員さんは、足止めされてたいへんだったのでは心配していました。

いろいろな災害、事件、事故がいつふりかかるかわからない時代ですので、やれる現実的対策はうつとともに、霊的守護を厚くして、運を強くしていきましょう。

今、講座の最新トレンドである、突然死や不幸を減らす「死の魄(厄気)の浄めと昇華法」はたいへん好評で、手ごたえを感じています。今後、さらに研究・実践していくうちに、より効果的な開運法になっていくと思います。


日蓮宗立教の聖地・清澄寺参拝の記

5月末、千葉県鴨川市にある日蓮宗大本山清澄寺に行きました。『光の神業秘録』59号に、日蓮上人の誕生寺や三奇瑞の話を書いていますが、日蓮上人が修行した清澄寺にはまだ行ったことがありませんでした(山奥なのです)。加護仏閣リサーチでも、加護仏閣として出ることがありますので、今回は大本山清澄寺に行ってみようということになりました。

鴨川市の海側から車で山道を登ること約20分、途中急カーブや狭い道があり、不安を覚えながら進んでいくと、山上にお寺が見えてきました。房総の山々は標高はそれほど高くないのですが、霊山は急峻で奥深い場所にあります。車から降りると、空気がシンとして、「清澄」という名前にふさわしい雰囲気があります。

門前の駐車場から歩いていくと、宿坊や研修施設などもあり、東京の御嶽山に雰囲気が似ています。オフシーズンなので参拝客は少なく静かでしたが、行事やお祭りの時はたいへんな賑わいとなるのでしょう。

清澄寺本堂

清澄寺本堂

「千光山清澄寺はおよそ1200年の昔、”不思議法師”と名付けられた僧侶が千光を発する柏の木で虚空蔵菩薩の仏像を彫り、その仏像の前で21日間修行をしたことに始まります。承和3年(836)、比叡山延暦寺の中興の祖・慈覚大師円仁がこの地を訪れ、その仏像の前で21日間の修行をしました。それ以来、当山は天台宗のお寺となり次第に栄えていきました」

日蓮は12歳の時、小湊から山岳密教の霊場である清澄寺に登山し、虚空蔵菩薩に「日本第一の智者となし給へ」との願いを立てます。虚空蔵菩薩は日蓮の眼前に高僧となって出現し、明星の如き智慧の宝珠を授けてくれたという話です。

日蓮は清澄寺で出家得度し、勉学修行に励みます。その後、諸国に出て各宗の奥義を学び、32歳で帰山し、旭が森(境内)で立教開宗の第一声をあげたということです。

実は、清澄寺が日蓮宗大本山となったのは昭和24年で、それ以前は真言宗のお寺だったのです。さらに、真言宗の前は、前述したようにもともと天台宗のお寺として始まったのです。(~_~;) それは次のようないきさつからです。

「室町~江戸期には度重なる火災と戦により衰退と復興を繰り返します。大正期に入り日蓮聖人の銅像が完成したことでお参りの信者さんが増え、真言宗智山派と日蓮宗との間で改宗の話し合いがもたれました。そして昭和24年、当山は日蓮宗に改宗し、宗門直轄の大本山として現在に至ります」

天然記念物の千年杉

天然記念物の千年杉

さて、境内に入るとまず目に入るのが、「千年杉」です。樹齢800年といわれる大杉は異様な迫力があります。左手に大きな本堂があり、中央には曼荼羅ご本尊と能満虚空蔵菩薩が祀られているということです。本堂左手の妙見山の山頂に「妙見堂」があります。ここが奥の院であり、根本鎮守である北辰妙見大菩薩をお祀りしています。

仁王門に入る手前の右手には「蔵王権現堂」や「天富神社」があります。天富神社のご祭神は「アメノトミノ命(房総の開拓神)、事勝國勝長狭命、大山祇命、ウガノミタマノ命」です。ここが地主社になるのでしょう。古伝では、天富命が房総に来た時、この山に登ったということです。もとは妙見山頂にあったのですが、神仏分離の時こちらに移されたそうです。事勝國勝長狭命とは、山田によればミロク天照国照彦櫛玉饒速日大神さまだということです。(上総国一の宮・玉前神社にも、隠れ神として天照国照彦櫛玉饒速日大神さまがいらっしゃいます)

天富神社への登りがきつそうだったので参拝しませんでしたが、天富神社の境内は「関東の富士見百景」に指定されているとのことですので、お天気のよい日は行ってみるといいでしょう。

清澄寺に参拝した感想としては、日蓮宗の人は必ず、そうでない人も一度は行ってみるとよい、オススメの霊山だと思います。ただ、…道のりはラクではありません。帰りは反対側、木更津方向に下りていったのですが、くねくねとした山道が続き、途中、川べりの崖沿いの、車1台しか通れないような狭い道や、黒澤明の「夢」を彷彿させる暗いトンネルを通ったり、なかなかスリルがありました。(^^;  清澄山が人里離れた奥深い山岳霊場だということが実感できます。車の運転に慣れていないとたいへんです。

帰りに木更津の道の駅「うまくたの里」に寄りました。新しくて、地場産品も豊富だし、カフェや食事処もありオススメです! おみやげに買ったシフォンンケーキがとっても美味しかったです。(*^▽^*)

 

さて、今、新しい講演CDを編集作業中です。昨年収録した「超次元世界・原則界の神秘力と伊勢神宮・元伊勢神業」というタイトルで、内容充実の自信作ですので、楽しみにお待ちください。

 


祝!「長崎・天草の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産登録へ

新緑の気持ちいい季節となりましたね。皆さま、連休は楽しまれましたか? 当社は今日から通常営業となります。

さて、ユネスコの世界文化遺産に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が登録される見通しとなったというニュースが、4日に入りました。私の故郷・五島列島の教会と集落も含まれ、以前から待ち望んでいた知らせに喜んでいます。

申請の段階では、キリスト教関連遺産群としてもっと対象が広かったのですが、勧告により「潜伏キリシタン関連遺産」として絞り込まれたようです。だから、当然入ると思っていた近くの教会が外れていたのは、少し残念な気持ちです。対象から外された教会も、もともと迫害から逃れてきたキリシタンの子孫たちが100年以上前に力を合わせて造った教会が多いのです。

長崎・五島はキリスト教人口がとても多い地域です。子どもの頃も、教室の4分の1くらいはカトリックの信者だったと思います。移住してきたキリスト教信者たちは、島でも奥まった入江や辺鄙な地域を開拓して、集落を作り、教会を建てました。その中に、今回構成遺産となった「頭が島の集落」「野崎島の集落跡」があります。

野崎島は平成13年に、最後の居住者である神官がいなくなり、無人島になります。野崎島の野首教会は無人島にもかかわらず丁寧に管理され、建築物としても美しさを保っています。定期船が通っているので、今後観光客が増えることでしょう。

キリシタンの人々は、神社の氏子となることにより、神道への信仰を装いながら自らの信仰を続けて、解禁後にカトリックに復帰したということです。ほかの潜伏キリシタン関連遺産も、仏教徒を装ったり、氏子になったりして同じような形で信仰を守ってきたといいます。

このように、五島列島は隠れキリシタンの島というイメージがありますが、実はもっと以前、縄文時代、さらにそれ以前の巨石文明の遺構、祭祀跡、旧石器時代の遺物が各地にあるのです。『古事記』の国生み・島生み神話でも五島列島は登場し、「天之忍男(あめのおしお)」という神名をお持ちです。

野崎島は近年、パワースポットとしても注目されています。沖ノ神島神社の背後に、高さ24メートルの王位石というドルメンのような巨石があります。古来より、五島列島一円から崇敬の対象となっていたということです(地元なのに知りませんでしたが…(^^;)。

また、海底に沈んだ高麗島伝説や、与那国島のような海底遺跡もあります。私の生まれた村の海岸にも実は大きな立岩(メンヒル)があるのですが、だれにも教わったことがありません。10数年前、海上から見ていた時に、「巨石遺構だ」と気づきました。親も聞いたことがないというので、地域の人々の記憶と伝承も失われているのです。

中央に立岩(メンヒル)が見えます

中央に立岩(メンヒル)が見えます

今後の講座で、世界の古代文明、巨石遺構をもった縄文時代、さらにムー時代のご開運をしていくという話ですので、どのような展開になるかお楽しみに。

 


さきたま古墳群と前玉神社 その2

その1からのつづきです。

さきたま古墳公園入口向かいの道路に、「埼玉県名発祥の古社、前玉神社まですぐ⇒」という標識がありました。それを見て、「前玉神社にも行こう!」となりました。前玉(さきたま)神社のことは、正直忘れていた(^^;のですが、埼玉県名発祥の神社ですし、埼玉県の人なら必ず行くべき神社です。

ということで、昼食の後、前玉神社に向かいました。前玉神社の住所は行田市埼玉です。歴史は古く、古墳時代(400~500年)までさかのぼり、古墳群に向かって祈願する形で建てられているということです。前玉神社そのものが「浅間塚古墳」と呼ばれる小さな円墳の上に建てられています。平安時代に定められた延喜式内社ですから、格式は相当高いのです。

前玉神社参道の桜吹雪

前玉神社参道の桜吹雪

前玉神社のサキタマとは幸魂(さきみたま)に通じます。由来によれば、ご祭神は出雲系の神である前玉比売神(サキタマヒメノミコト)と前玉彦命(サキタマヒコノミコト)の二柱です。前玉比売神は天之甕主神(アマノミカヌシノカミ)の子で、甕主日子神(ミカヌシヒコノカミ)の母とされます。山田によると、天之甕主神とは天津甕星(アメツミカボシ)、すなわちアラハバキノ大神威さまのことだそうです。

境内社として浅間神社があり、コノハナサクヤヒメノ神さまがお祭りされています。浅間神社は忍城から勧請したそうです。ほか境内社には恵比寿社、天神社もあります。「恋愛成就、子育て、安産祈願、夫婦円満」のご神徳があるということです。

浅間塚を登っていくと、急な階段の上に前玉神社が鎮座しています。社殿は古いですが、歴史を感じさせる重厚感があります。境内には「龍泉池」があり、こちらも水面が桜の花びらでいっぱいでした。

前玉神社

前玉神社

埼玉県には出雲系の神社が多いのです。武蔵国一の宮の氷川神社・氷川女體神社をはじめ、鷲宮神社、出雲伊波井神社、氷川神社も各地にあります。古代、関東は出雲の勢力範囲だったことを表しているのでしょう。そして、前玉神社はこの地域の国魂に関係しているのかもしれません。

さきたま古墳群の向きについては、富士山を向いているのではという説もあるようです。この地域は平原で沼地が多く、古墳以外に小高い丘はありません。南西方向には富士山が見えます。富士山を向いているというのは可能性として高いのではないかと思います。

さて、次に「八幡山古墳」に向かいました。古墳群から少し離れた市街地の中にあり、公園になっています。八幡山古墳は古墳の中の石室が露出して、奈良県明日香村の石舞台に似ているところから、「関東の石舞台」と呼ばれます。それで山田が、興味あるから行ってみたいということでした。

入口には鉄格子がかかって、格子の間から石室の中のようすがのぞけます。四角い巨石ががっちりと組み合わされて、十分な広さがあります。外側もさまざまな大きさの岩を積み上げて階段状に高くなっていて、階段の天井には平らな石がストーンヘンジのように乗せられています。1400年ほど前に、どうやってこの石組みを作ったのか、石をどこから、どうやって運んだのか、謎ですね(?_?)

八幡山古墳

八幡山古墳

行田市教育委員会の解説です。「八幡山古墳はこの周辺に広がる若小玉古墳群の中心となる古墳で、7世紀前半に造られた直径約80mの大型の円墳と推定されています。昭和9年に、約2km東にあった小針沼の干拓事業のため古墳の封土を崩した際に、石室が現れました。石室はほぼ南北に位置し、南を正面とする前・中・後室の3室からなる全長16.7mの巨大な石室であることが明らかになりました。各室とも秩父地方から運搬された巨大な緑泥片岩と安山岩で築造されています。

発掘調査では最高級の棺である漆塗木棺の破片や銅鋺など豪華な遺物が発見されており、この古墳に葬られた人物がかなりの権力者であったと考えられることから、『聖徳太子伝暦』に登場する武蔵国造物部連兄磨(むさしのくにのみやつこ・もののべのむらじあにまろ)の墓と推測する説もあります」

さきたま古墳群に現存する古墳は大型のものだけで、多くは昭和の干拓事業でつぶされてしまったわけです。本当に惜しいことをしたと思います。きちんと保存されていたら世界遺産は間違いないでしょう。

秩父から石を運んだといいますが、秩父は遠いです!(@_@) 船で運搬したのでしょうか。それにしても昔の人々の技術と情熱と体力には感心します。

こうして、この日はさいたま再発見の旅になりました。地味な県ですが、「本当はスゴイ!」埼玉県なのです!